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抱っこ法のやり方??

私が初めて、自ら我が子に抱っこをしたのは、上の子が確か小学生低学年の時のことだと思う。

きっかけは、友達から『抱く子は育つ』(マーサ・G・ウェルチ著 石田遊子訳)

をプレゼントされて衝撃を受け、

"これなら自分でもできそうだ!"と単純に思ったからだ。

本にも「さぁ、始めましょう」と書いてあるし、

これは誰にでもすぐにできることなんだな!と、いかにも軽い気持ちで挑んだ憶えがある。



2時間くらい時間を確保して、子どもをしっかり横抱きにし、

目と目をしっかり合わせて、子どもに対して気に掛ることを問いかけ、

直面・拒否・和解という局面を辿って、親と子の心が溶け合うまでやり切る。

そんなイメージを持っていたんだと思う。

そして、あまり細かいところは憶えていないが、とにかく大変だったことしか記憶にない。

そう、親が、子どもが泣き叫ぼうが暴れようが、怯まずにしっかりと抱きしめ、目を見て、おしゃべり…。

そんなことを歯を食いしばって、普段使い慣れない体力と気力を十二分に発揮して、

頑張ってやったのだと思う。



今、考えたら、なんと無謀で不毛で無茶苦茶な抱っこ法だったことか。



いや、確かにそういう流れになることもあるだろう。

決して間違ってはいないし、普段の子どもの鬱積された気持ちを解放してあげることは、

すごく大事なことだし、それなりに良いことであるのは間違いない。

昔、昔、(抱っこ法を)日本に持ち帰ったばかりの頃は、そんなことも多々あったとか…。



でも、今はまったくといっていいほど、こんな無茶なやり方はしない。

母だって、"ホントは泣かれるの辛い"

"子どもも我慢して頑張ってるけど、私だってギリギリ我慢してるよ"

"今、私だっていっぱいいっぱいなのに子どもの言い分なんか聞けないよ"

とか、いろいろあるはず。



そりゃね、子どもが泣こうが喚こうが、そこらへんでバタバタ暴れようが屁でもない

原始時代の肝っ玉母ちゃんなら、どんな抱っこだろうがカンタンでしょう。

でも、私たちって、もっと自分の気持ちとか抑えて、デリケートに育ってきたでしょ?

母親自身、この世の中で自分の気持ちを持て余してるのでは?



だからこそ、

子どもの気持ちを受け止めるために、自分自身の気持ちも受け止めていく。

それが、イマドキの子育て、親育ての自然な形なんだと思う。

まずは、第3者の援助者の協力のもと、母親が自分の気持ちも受け止める。

そして、少しずつ泣いてる子ども、怒ってる子ども、悲しむ子ども、

悔しがる子ども、または気持ちを表現できなくてどうしていいのかわからない子どもを

受け止められるようになってくればしめたもの。


それには、最初から親子2人きりでは、なかなか難しいかもしれない。


抱っこ法のやり方を調べれば、本か何かにあるけれど、

それでやってみるのは、自分の経験からもあまりおススメしない。



大変だろうが、自信を失いかけようが、頑張って抱ききっても、

疲れだけが残って、子どもほどの充実感があまり感じられない。

母親ひとり、子どもから取り残された感じになったり、

なぜかモヤモヤした気持ちが余計、増幅されたり、

混乱するのなら、やる意味がないではないか。



だから、もし、子どもの気持ちに向き合ってみようかなと思ったら、

最初は一人で頑張らないで、あなたのお近くの抱っこの援助者にご相談を。

親子の絆を感じる瞬間を いっぱい いっぱい味わってみることから始めよう。





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