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5/23 にこにこ子育てお話し&体験会の参加者の感想

今回のにこにこ子育てお話し&体験会は、参加者が一人だったので、会というよりもうディープなセッションになりました。私たち2人もとても貴重な体験をしたので、参加者からいただいた感想をシェアします。

この方はお話し会を始めた時から、一年以上もコンスタンスにお子さんを連れて通って来てくれた方で、最初からとても真摯にご自分と向き合い、あきらめずに親子の繋がりを大事に育ててこられました。勉強熱心なあまりに抱っこ法協会の中級者を取得され、親子援助者講座にも通われ、抱っこを真剣に学んでおられます。本当にいつもいつも彼女には、頭が下がる思いです。

今回のこのセッションがこんなにも深く有意義なものになったのも、そんな彼女の努力のたまものと言えるのではないでしょうか。



前田さま 中村さま

先日はどうもありがとうございました。
とても深く温かい体験ができ、一皮むけたようなそんな気持ちでいます。

中村さんとの近況報告。そしてワーク。どんな体験ができるのだろう、とドキドキしながらはじまりました。
天心をしていると、自分の中に入っていくような感覚になりました。そして、地面の奥深くに埋もれていくような感じ。深くて静かなところで眠りたい感じ。疲れたよ~と言って涙が出てきました。言って初めて疲れたよ~って言いたかったんだと気づきました。
優しく「つかれたね~」と声をかけてくれて、頭をなでてくれて、手を握ってくれていて、私はとても嬉しくて幸せな気持ちでした。

疲れたって言いたくなかったこと、も気づきました。そうしたら母への思いがあふれてきました。おかあさんだけずるい、私も手伝いたい、助けたい、おかあさんがいい、おかあさんだけがいい、そんな気持ちが次々出てきました。自分で知っていた気持ちだったけど、声に出して言ったのは初めてだったかもしれません。声に出して言うと、気持ちがさらにあふれてくる気がしました。今でも、メール書いていて泣けてきます。
お母さんを立ててのワークはなんだかとっても怖くて、できそうにありませんでした。
文句を言うのも怖い。最後にお母さんがギュッて来るのかと思うと怖かったです。
そうしたら今まで私が一人でがんばってきたものが全部ガラガラって崩れそうで、もう一人でがんばれなくなりそうで、それが怖かったかな・・・。きっとそうしても全然大丈夫で、そうした方がいいんだ、と思ったけど、まだ一人でがんばりたかった。一人でがんばるのをそばで応援してくれている、というのがちょうどよかったです。


怖い気持ち。私の中の怖いという気持ちは、昔からずっと抱えている気持ちで、お腹の奥深くにいて、何かあると全身にむくむくっと広がって私を乗っ取る気持ちです。ずっとなんとかしたいと思っていて、どうすればいいのか分からなかったのだけど、「味方になるといいね」という言葉にそうかあ、と思いました。なんだかずっと、私自身がこの怖い気持ちをなんとかしなくちゃ、と思ってたけど、怖い気持ちが私を応援してくれたり助けてくれることもあるなかな、と思いました。怖い気持ちを越えなくてもいいんだ、と思いました。
そしたら、怖い気持ちがたくさん出てきて、いつもは止めようとがんばる私がいるのだけど、ちゃんと受け止めて聞いてくれたのでいっぱい怖いも言えました。足や手にしびれ?みたいな感じがあって、怖い気持ちが出てきてるのかとびっくりしました。
前田さんと中村さんがずーっと優しくそばでいてくれて、最後はお腹の奥深くにある怖い気持ちを一緒に優しく優しく触れているようなそんな感じがしました。やっと優しくできた、と思いました。

一人では向き合えない自分の気持ちに、前田さんと中村さんがいてくれたから向き合うことができました。
抱っこってすごい、天心ってすごい、本当に出会えてよかったと思いました。
本当の私を取り戻していく感じがします。

貴重な時間をありがとうございました。
また、これからもよろしくお願いします。

小学校4年生男の子と幼稚園年長さん女の子のママ
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「心がつながると」の記憶

「心がつながると子育ては楽しくなる」と、かつて阿部秀雄先生(日本抱っこ法協会名誉理事)が本に書いてらっしゃいました。

それを読んで「なるほどその通り」と思う人もいれば、「本当かな?」と思う人もいることでしょう。

どちらにしろ、そういう体験をしてみないことには、心からそして体ごと納得とはいかないと思います。読んで頭で理解するのと、腑に落ちるのとはまた別物ですからね。

さて、この土日、日本抱っこ法協会公認ホルダー研修会に参加しました。阿部先生の講義を直接聞ける貴重な研修会です。癒しの子育てネットワーク☆かながわの中村さんも一緒でしたよ。

この研修会には、北は北海道から南は九州まで全国各地から集まってきます。いずれも真摯に相談者と向き合っている抱っこ法援助者(ホルダー)ばかりです。

今回、奈良から参加されたお父さんホルダーが、親子の心がつながった、すっごーく面白い話しをしてくれました。

それはまた、いずれメルマガでご紹介するとして(ガクッ)、今日は私と母の話し。^^;

私は幼い頃、お婆ちゃんっ子でした。母とはちょっと目に見えない距離があって、困った時に甘えに行くのは祖母のところ。

祖母はいつも私をえこひいきしてくれて、姉と喧嘩して、例え私が悪くても「そりゃ、姉ちゃんが悪か」と私のカタを持ったものです。

一方の母は、元小学校の先生だけあって、何事も公平。親バカとはほど遠い人でした。
私はその公平さが少し不満でした。

そんな祖母と母とは水と油。大事なひとり息子を取られた腹いせもあって、祖母は母に対して心を決して開きませんでしたし、母もまた祖母を敬うことはありませんでした。

かと言って2人は喧嘩をするでもなく、冷たい関係でずっと暮らしていたのです。

子どもの頃の私は、祖母とよく口喧嘩をしました。ああ言えばこう言うといった、たわいも無い喧嘩です。

そんな時、母は我関せずといった様子で、2人のバカバカしいやりとりに無関心な様子でした。

大人になって知ったのですが、母はこの喧嘩を楽しんでいたらしいのです。
きっと、嫁の立場では出来ない言い合いを、幼い娘が代わりにしていて、日頃の鬱憤が少しはスッキリしていたのでしょう。

母が亡くなる少し前、母が、私と祖母の口喧嘩の一部始終を覚えていて、何度も可笑しそうに話すのを聞いていると、私も母が喜んでくれていて良かったなぁと思ったものでした。

公認研修会でお父さんホルダーの話しを聞いた後、私と母のつながった時ってあったかな? とずっと記憶を辿っていました。

そして、はたと思い出したのが、祖母と私の口喧嘩の様子を繰り返し話した母の姿でした。

それで思ったのです。私が祖母と口喧嘩してる時、母は私とこっそりつながってたんじゃないかって。
もしかしたら、天敵の祖母ともこっそりつながってたのかもしれません。
                  前田美智子
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5/9(金)天心ゆるり会 参加者の感想

私たちの抱っこ法の恩師である阿部秀雄先生が考案された
「天心」の源となっている野口整体。

実は私、正直言って、「天心」が苦手だったんです。

いつも抱っこ法の研修の中で、必然的にワークとして取り組む「天心」なのですが、
その度にイヤだなぁって思いながら、やってました。

だけど、ここ最近、阿部先生から学ぶ会で与えられた課題の本

『野口整体 病むことは力』で、自分なりに腑に落ちたところがあって、
ははぁ~ん!野口整体の目指すところは、ここなんだな!
「天心」ってこういうことなんだ!って、わかったのです。

私が今まで学んで来たもの、自分の中に入っているものが熟成されて、
多角的にわかってきて、そこで再び「野口整体」というキーワードに出会って、
腑に落ち、「天心」を受け入れることがようやくできたようです。

今回の「天心ゆるり会」は参加者が欠席で、前田さんと私の2人でした。

スタッフだけですから、自由に実験的に(笑)できたわけです。

そこで、前田さんがまさに最近、体験してきた活元運動を教えてもらい、
2人でやってみたのです。

これがもう本当に気持ち良くて、信じられないくらいに深く入っていく体験ができました。
今まで私がやってきたワークの中で、初めてこんなに安心感の中に浸れて、
すべてをまかせて、阿呆のままでいられた時間でした。

他を気にしなくていいとか、自分を楽しむとか、ありのままとか、
そんなこと頭でいくら考えてもできることではありません。

今までいっぱい泣いて、叫んで、怒って、悲しんで、憂いて…。
壁に突き当たって、絶望のどん底を味わって、もうこんなくだらないこと辞めちゃおう!
もうすべておしまい!!と投げ出したい気分になる。

そんなことをしていく中で、ふとした瞬間、思いも寄らない贈り物がある。

そんなことの繰り返しで、私たちは学んでいくのだと思うのです。

ありのままを心と身体で感じて、魂が満たされて、そして、また現実に戻る。

それで十分。

今の私はこれで満足。

そんな風に思えた贅沢な時間でした。

中村 尚子



「少し体を動かしてみる?」スタッフの中村さんの声かけで、頭で考える作業をやめて立ってみました。
ユラユラと海藻になったように体を揺らしていると頭がぽかーんとしてきます。

見よう見まねの活元運動をやってみました。中村さんの息づかいや体を動かす音が、まるでBGMのように聞こえ、
安心と勇気をもらいましたので、気兼ねなく無心の動きに身を任せることができました。
まるで森の中にいるようでした。

最後の方は、遠くから聞こえる子どもの声を聞きながらも、半分夢の中にいるようでした。
目を開けると体が緩んで、頭は軽くなっていました。

多分、家で一人、これを味わうのは難しいだろうと思いました。
カナリヤの森という空間があり、誰かとともにいて成り立つ時間のように思いました。

前田 美智子
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『症状を経過させる』

今、読んでいる本の中に『風邪を経過させる』という一説が書かれていて、大変興味深く読んでいます。

病気も怪我も症状を経過させると、それ以前よりも体が整うのだそうです。

痛みや苦しさを取り除こうとせずに『経過させる』。
これって、泣くことに似てるなぁと思いました。

転んで痛い時もそうですが、悲しいこと辛いこと、心が痛いことがあると泣きたくなります。泣くことで心の傷を経過させていくのです。

赤ちゃんはそれが上手にできます。生まれながらに、泣いたらスッキリすることを知っているのですね。

ところが、泣くことが許されない状況が続くと、つまり経過を見守る余裕がなくなると、安心して泣けない泣かせられないということになってしまいます。

泣き出したらすぐに止めたり、泣く前から予防線を張ったり。

子どもの頃、そうやって育てられませんでしたか?

そうすると、痛みや苦しさを経過させた経験がないので、そのさなかに、これがいつかは終わるのだという見通しが立てられなくなるのです。

先の見通しが立たないことほど、心細く不安なことはありません。今のこの苦しさよりも、それがいつまでも続くのではないかという不安の方が、自分をもっと苦しめます。

心の痛みの二次災害みたいなものですね。

私自身、娘の出産時を思い出すと、とにかく産んでしまえばこの痛みが終わるという見通しがあるので、痛みにも立ち向かえたのかもしれません。

それでも「もう、どうしたらいいのよ、この痛み」って気になりましたけどね。

最後は「我が子が私の実力以上を望むはずがない」と自分に言い聞かせて、「もう、好きに産まれてちょうだい」とカンネンしました。

抵抗を手離して受け入れるということかしら。

先日、しこたま筋肉痛になってしまいました。
『症状を経過させる』絶好の機会です。

パンパンに張った足に、慈愛の微笑みを送りつつ、痛みへの抵抗を手離して受け入れることにしますか。とほほ。(前田美智子)
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