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大阪でグルグル

この土日は大阪で抱っこ法の上級者研修会でした。

全国各地から上級者認定を持つホルダーたちが集まって来ます。


久しぶりに会う顔、初めて会う顔、みんな抱っこ法という共通の言語を持っているので、よそよそしさがあまりありません。

「こんな研修会はここだけですよね」と、今回初めて参加した方が仰いました。


今回のテーマのひとつに『つながる』があり、そのワークをしたせいかもしれません。

機会があったら、お母さんのための癒しの時間の中でご披露したいと思います。


それにしても、大先生の阿部秀雄先生の講義に、「お言葉ですが」と物申す自由さは、抱っこ法の研修会ならではです。


とは言え、上級者研修会へ行くのは、やはり緊張します。「今回はどんなことするんだろう? 難しいことだったらイヤだなぁ」なんてウジウジ考えながら会場へと向かったら、電車を乗り間違えて、大阪の内回り環状線をグルグルしてしまいました。


表面の顔では「ま、こういうこともあるさ、グルグルするのは想定内ですから」みたいに澄ましていましたが、内心では「参ったなぁ」と焦りました。


そして、「このなかなか会場に着かない感じは、まさにダダコネ状態だなぁ」と妙に納得してもいたのでした。

前田美智子
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40数年振りの大雪がくれたもの

私たちの住む神奈川県を含む関東地方、その他の地方にも、

毎年、雪など滅多に振らない(振ったとしても極少ない)地方にも、驚くほどの大雪が降りましたね。

私の憶えている限りでは、私が小学校一年生の時に雪が沢山振って積り、

庭にかまくらを作って遊んだという思い出があるのですが、それ以来です。

ということは、もうかれこれ、40数年振りくらいの大雪と記憶しています。

普段、こんな雪に慣れていない地域なので、交通は寸断される、店は食料が品薄になる、

外を歩くのも困難な状況で、大変なことになりました。

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でも一方で、普段、感じることのない自然の美しさや、神聖さを感じることができたり、

雪かきで、あまり話したこともないご近所さんとも、いろいろなお話しができたり、

不便さの中でのスローな生活の良さや、周りの人への思いやりを味わうことができました。



今日も運転をしていて、いつもの自分と違う感じ方をしている自分がいました。

目的の場所まで、いつもの2倍以上の時間がかかったのですが、不思議なことに、

普段、スムーズに運転している時に感じるイライラが全く、現われて来ないのです。

いつもは、前の車が少しでものんびり走っていたりすると、思わず舌打ちしたり、

前に入ろうとする車を意地でも入れなかったりしていた私が、

一向に進もうとしない状況に、却って、ほっとするような境地に入っていたのです。

「いいじゃない、このスピードで行こうよ。」と、心の中で呟いていました。

大自然のような、どう立ち向かおうとしても、立ちうちできない物に対する謙虚な気持ち。

そんな気持ちが、逆に心をこんなにも穏やかにしてくれるなんて。

この大雪で受け取り、学んだ、私の貴重な体験でした。

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中村 尚子


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淀川長治さんに叱られて

先日、川崎市の市民講座に参加して、映画大学の先生方のお話しを聞かせてもらいました。

その中で、映画評論家の淀川長治さんの話しをしてくださった先生がいらっしゃいました。

淀川長治さんをご存知でしょうか。若い方は知らないかもしれませんね。

かつてテレビの洋画劇場で「さよなら、さよなら、さよなら」の淀長(よどちょう)さんとして有名だった淀川長治さんは、映画評論家として超一流の方でした。

私が映画専門学校で学んでいた時、月に一度、洋画の講師として来てくださり、それはそれは手厳しい講義をなさっていました。

映画を学ぼうという学生を前にしての講義ですから、その気迫は相当なもので、勉強不足の学生は胸が痛くなるほどでした。

私もその一人で、淀川さんの講義の後は、自分の物の知らなさに落ち込んだものです。

淀川さんの口癖は「私は命がけで映画を観ています」。本当に映画に人生を捧げた方でした。

それだけに若き映画人を目指す私たち学生には、その覚悟のほどをいつも突きつけてこられました。

「本物の映画監督になれるのは、百万人に一人なんです。その覚悟がありますか?」と。

その淀川長治さんの生前の音声を、市民講座で聞くことができました。
専門学校の入学式で講演された時のもので、あの厳しい口調を何十年ぶりかで聞けたのです。

まるで、天国から淀川さんに叱られたような気がしました。

あの覚悟、あの思い、熱い熱いバトンを百万人の一人に渡そうとして、淀川さんが熱く熱く語られるその声を聞くうち、私は涙が止まらなくなりました。

今また、覚悟を問われているような気がして。天国から「がんばれ」とエールを送られているような気がして。

前田美智子
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お母さんと『つながる』ワーク

子育てをしていると、自分の子ども時代と重なることが多くて、幼い頃にやり残したことを取り戻そうとするような、まるで自分自身の育て直しをしているような気持ちになることがよくありました。

まして抱っこ法の援助者になったら、その育て直しは加速するばかりです。そんな私の強い味方に『天心』という大人のための癒しの手法があります。「提供する人に易しく、体験する人に優しい」をモットーに自助互助の精神で井戸端会議的にやりましょう、と発案した阿部秀雄先生はよくおっしゃいます。

先日はそんな天心の会で『つながる』ワークを2つ体験しました。
そのひとつは、自分のお母さんとつながるというワークです。

私の母が亡くなって10年。末期癌でした。姉が看護師だったので、最期は自宅で看取ることができました。数々の親不孝をした私でしたが、孫を見せてあげられたことと最期を一緒にいられたことがせめてもの親孝行でした。

数ある親不孝の中で、一番後悔しているのが、滅多に母に会いに実家に戻らなかったことです。
いえ、それよりも、お互いの「会いたい」という気持ちを通わせあわなかったことです。

私と母はお互いに遠慮しあって、「会いたい」気持ちを隠していました。でも、私は、母が口にこそ出さないけれど会いたがっていることを感じていました。

今回、その気持ちを母の代役をしてくれた仲間に、たくさん受けとめてもらい、彼女の口を借りて「会いたかった」をたくさん聞けて、私はとても納得いきました。変な表現ですが、納得いったのです。

心で感じていることを言葉として聞けたことで、「やっぱりそうだったよね、知ってたよ私」と納得できたのです。きっと、その瞬間、私と母は同じ「会いたい」という気持ちを持ったもの同士としてつながったのでしょうね。

やっぱり、愛情の出し惜しみはいけませんね。よほど、モッタイナイですね。

                             前田美智子 
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