和く輪く舎での赤ちゃん講座

突然ですが、
癒しの子育てネットワーク☆かながわ主催ではありませんが
7月4日(土)の午前10時から2時間、
錦糸町の子育て相談室・和く輪く舎(わくわくしゃ)で
『赤ちゃん講座』をやります。
担当は私前田と
現在小学生の娘さんを子育て中のスタッフ で、
私よりずっと前に抱っこ法の援助者をやってらっしゃる女性です。
若いお母さん方にとって身近な存在で
しかもとても頼りになる方です。

テーマは「赤ちゃんを家族に迎え入れること」
なんだかちょっと雲をつかむようかしらね。
そのあたりのネーミングは私もちょっと反省です。

でも、そのテーマにした気持ちはこうだったんです。

私も娘を産んでしばらくはそうだったけど、
ビキナーのお母さんの中には
赤ちゃんを大事にするあまり
なんだかお客様扱いしてしまってる方も
いらっしゃるんじゃないでしょうか。
気を遣いすぎて、ご機嫌を取りすぎてしまったり、
変な遠慮をして自分らしくいられなかったり、
赤ちゃんにいちいち振り回されてしまって
365日24時間、赤ちゃん時間にしてしまってる方が。
それでヘトヘトになっているお母さんも
結構いらっしゃるんじゃないでしょうか。
私はそんなビギナーお母さんでした。

それって、本当は赤ちゃんのためになってないんですよね。
そのままいくと、赤ちゃんが我が家の王様になってしまって
お父さんもお母さんも家来になってしまいます。
そんなの赤ちゃんはちっとも嬉しくないんです。
だって赤ちゃんはそんな愚かな存在じゃないんですから。
こんなに赤ちゃんに尽くしているのにって残念ですよね。

赤ちゃんを家族に迎え入れるって
家族として協力してもらうってことなんです。
一方的にこちらのルールを押しつけるんじゃなくて
親子のコミュニケーションを通してお願いするんです。
その気持ちや体のやりとりのコツが
抱っこ法にあるんですね。

それを伝えたいって思いでテーマを決めました。

でも、話し合いを重ねていくうちに
もっと大切なことがあったねって気づいたんです。

それが「安全基地」ということです。
「お母さんは子どもの安全基地」って
聞いたことがありませんか。
お母さんに見守られているという安心感があるから
子どもは冒険できるんだっていう話し。
うんうん、その通りだなって思います。

でも、どうしたら、
赤ちゃんにとっての安全基地になれるんでしょう。
誰も教えてくれなかったように思います。

だいたい、お母さん自身は
子ども時代に自分のお母さんを
安全基地だと思えていたのでしょうか。
安心をたっぷりもらって
自己肯定感を養うことができたでしょうか。
あるがままの私でいいと胸を張って
人生を歩いてこれたでしょうか。

私も一緒にやる彼女も
たくさん、そのことについて考えました。
お母さんからの安心をたくさんもらえた人が
大人になってお父さんお母さんになったら
我が子に対しても
自然に安心をあげられるんだろうなって。

でも、今、まさに子育てに行き詰まったり
自分の力不足を嘆いたり
思うようにならない我が子にイライラしている人こそ、
自分にとっての安全基地を探し求めてるんじゃないかしら。
自分が味わえなかった安心感を
我が子に味わってもらおうとして
苦しい思いをしているんじゃないかしら。

赤ちゃんを家族に迎え入れるってこと、
お母さんが赤ちゃんの安全基地になるってこと、
本当はとってもとっても大事なことなのかもしれません。
どういうことか、どうすればいいのか、
ほんの2時間の講座ですけれど
うまくお伝えできたらいいなぁと
スタッフ一同、知恵をしぼってお待ちしてますので
ぜひぜひ、いらしてください。

阿部先生にも会えるチャンスです。
上に大きなお子さんがいても
下のお子さんが赤ちゃんなら参加できますし
お母さんだけでの参加もアリですので
どうぞ、いらしてください。

参加費は3000円です。
癒しの子育てネットワーク☆かながわの仕切りではないので
会員割り引きできません。ごめんなさいね。
お申込先は子育て相談室・和く輪く舎(03-5624-3229) まで。

[ 2009/06/30 12:14 ] お知らせ | TB(0) | CM(2)

6月12日「にこにこ子育てお話し会」のご報告

先週の金曜日に「にこにこ子育てお話し会」を行いました。

実はその日の朝、高校生の娘が「学校行きたくない」と泣き出したので、
あれをやってこれをやって何時に家を出て・・・の段取りが全滅。
スタッフの中村さんに「ギリギリになりそう」のSOS電話を入れつつ、
バタバタしながら出かけたのでした。

娘の「学校行きたくない」は7年ぶり。
小学校の時、サッカーチームでのつらかったこと
中学校の時、足の怪我で練習できずに苦しかったこと
そして、大好きなサッカーをやめざるをえなかったこと
7年分のゴネゴネが一気に吹き出したようでした。

「にこにこ子育てお話し会」の会場の最寄りバス停、
上九沢でバスを降りると
お子さんを連れた参加者のお母さん方と
抱っこ法のベテラン援助者、鷲尾さんも一緒。
「あの白髪のおばあちゃんについて行ってください」と
先頭を行く鷲尾さんを失礼ながら指さしたのでした。
すみません、鷲尾さん。

さて、今回のテーマは「私の子育てこれでいいの?」。

鷲尾さんのこんな言葉が私は印象的でした。
「子育ての方法なんて、誰も教えてくれなかったでしょ。
 だから、どうやって育てたらいいかなんて
 わからなくて当たり前なの。
 初めてのことなんですもの。
 失敗することもあっていいの。
 どの方法が自分に向いてるか
 どの方法が自分でやりやすいか、
 試してみながらやるしかないの。
 自分の子育てをやっていっていいのよ」

大勢の人が集まる場所で
落ち着かなくなって
お母さんから離れて遠くへ行ってしまう子どもの気持ちも
「お母さんの邪魔をせずに過ごすには
 どうしたらいいかなって
 子どもなりに考えた方法なのよ。
 だって、お母さんの側にいたら
 大きい声を出したくなったり
 グズグズ言いたくなったり
 泣き出したくなったり
 甘えたくなってしまうんだもの。
 そうしたら、他の人が迷惑がって
 お母さんが困るでしょ」

でも、にこにこ子育てお話し会では
泣いて甘えてくれていいので
お母さんの膝に座ったり、
抱っこされて泣いたり。

なによりステキだったのは
「お子さんの手を離さないでね」と
鷲尾さんが声をかけただけで
我が子をしっかりと抱きとめられた
お母さんたちでした。
どなたも
きっと、初めての方もいらしたでしょうに
泣いたり怒ったりして甘えるお子さんと
上手につきあっていらっしゃいました。
お母さんって、やっぱりすごい。

ここに集まったお母さんの子どもたちは
なんて幸せ者でしょう。

最後にじーんとくる曲を聴いて
私も泣きました。
だって、私もまた
「私の子育てこれで良かったのかしら」と
日々、心を揺らすお母さん仲間なのですからね。

参加してくださった皆さん、ありがとうございました。
鷲尾さん、中村さん、お疲れ様でした。



「あー、行きたくない」って泣きたい

「あー、行きたくない」っていうことありませんか。
仕事とか学校とかおつきあいの会合とか色々。

私はそんな朝は布団の中で足をバタバタさせて
「いやだいやだ」とダダコネをしてから
渋々起き上がります。
一応、大人ですから
私が行かないと困る人がいるので
なんとか気持ちを立て直して出かけるのです。

娘が「学校に行きたくない」と言ったのは
小学校の3年になった4月のある夜のこと。
新しい先生が棒で机を叩くのにおびえて
「行きたくない、あの棒でウチのことも叩くかもしれない」と
泣きながら訴えたのです。

その時は、私もけしからん先生だとばかりに鼻をフガフガさせて、
「明日、行ってみて、どうしても怖くてダメだったら、お母さんに言いなさい。
 お母さんが先生の胸ぐらつかんで『よくも娘を怖がらせたな』って言うから」
と母親らしからぬオソロシイことを言うと、
娘はニヤリと笑って、翌日出かけていきました。
そして、帰ってくると「大丈夫だった」。

授業参観でわかったのですが、
なんということはない、
「はい、注目」という合図に教卓を指揮棒みたいなので叩くだけで、
確かに見た目は怖そうな先生でしたが
生徒をよく見ていてくれて、たくさん褒めてくれる良い先生でした。
娘も好きな先生のベスト3にいまだに入れているくらいです。

私は小1の時、男の先生に叩かれて驚愕したことがあります。
列から少しはみ出していただけで
大きな分厚い手で横っ面を張られたのです。
「口で注意してくれればいいのに」と思いました。
ショックで泣いていると
わんぱくで名の知れた級友の男の子が
「オレなんかいつも家で叩かれてるからヘッチャラだ」と
言ったので、私も家で叩かれてたら慣れてよかったのにと
今にして思えばバカなことをうらやんだものです。

怖いと言って泣く、痛いと言って泣く、
小さな子どもならよくあることですが、
いつの頃から、そんなことで泣いたらダメと思うのでしょう。

疲れたと泣く、もう頑張れないと泣く、
「あー、行きたくない」と足をバタバタさせて泣く。
今朝はそんな娘にちょっと付き合ってみました。
[ 2009/06/11 11:06 ] スタッフ日記 | TB(0) | CM(1)

心配性二種

亡くなった私の母は心配性で、「常に最悪の事態を考えておく」というのが持論でした。
最悪のことをあらかじめ考えておけば、そうなっても心の準備ができるし、そうならなかったらラッキーと思えるからだそうで、それもまぁ一理あるかぁと子どもながらに思っていました。
でも、普段は心配していることなどおくびにも出さず、離れて暮らすようになってからも、「あなたが心配」なんて言ってくることはまずありませんでした。

夫の育ての親である祖母もまた心配性で、元気な頃はキンキンするほどのボリュームで「大丈夫か」と、よく電話をくれました。「もう心配で心配で」といった調子です。
祖母は九州に住んでいたのですが、テレビや新聞で首都圏のニュースを見ては、「そっちで火事があったけど」とか「強盗が入ったらしい、そっちは無事か」とか、およそ我が家とはかけ離れた場所での事件や事故まで拾っては、「大丈夫か」と連絡をくれるのです。夫はよく「どんだけ俺に不幸が訪れると思ってるんだ」と苦笑していました。

同じ心配性でも夫の祖母は明らかな心配性で、私の母は隠れ心配性なのですね。

子どものことを心配してしまうのが母親の常なのですが、どんなにこちらが心配しないように頑張ったところで、心配性の人は上手に心配の種を探し出すものです。

夫の祖母などそのいい例で、私たちが神奈川に住んでいるのもかかわらず、都内で起きた事故に巻き込まれていないかと心配するわけで、夫に言わせれば「心配するのが趣味」。
そうなると、こちらとしてはそれをムゲにやめさせるわけにもいきません。

ここで「抱っこ法」的思考が役に立ちます。
「心配だぁ、心配だぁ」と言いたいだけ言わせてあげるのです。「心配だぁ」は、いわば愚痴や弱音みたいなもの。抱えきれなくなった気持ちを、そうやって相手にぶつけて聞いてもらっているのですね。
つまり甘えているのです。

こういうことは小さなお子さんにもよくあります。「お母さんが心配だぁ」とお母さんに泣きながら訴えるのです。時にはお母さんが心配なあまり、かえってお母さんを困らせる行動になったりもします。
最近、子どもが落ち着かない、情緒不安定だと思ったら、お母さんやお父さんの心配をしていた、なんてこともよくあります。

そんな時のお母さんは「こんな小さな子に心配かけてしまった」と自分がいたらない母親のように思いがちですが、自分がもし子どもで母親のことを心配しているとしたらどうでしょう。どんなふうに母親に思ってもらいたいでしょう。「心配してくれてたんだ」とただただ、もやもやした気持ちをわかってもらいたいだけかもしれません。「こんなにお母さんが好きなんだ」と知って欲しいだけかもしれません。

「心配だぁ」って「大好きだぁ」と言い換えることもできそうですね。

だとすれば、心配かけないように頑張らなくちゃもいいけれど、「ありがとう」もいいですし、いっそ「もう! 心配しないでよ!」って文句を言ってもいいのです。文句を言い合える関係っていいものですよ。「またぁ、心配して。しょうがないお母さんだなぁ」って笑っても呆れてもいいし、「心配しているあなたが心配よ」って愚痴ってもいいですよね。
「大好き」の言い合いをしているようなものだから。

心配かけまいとする我が子や自分の健気な子ども心は「よしよし」してあげながらも、「心配だぁ」と甘えてくる相手や自分の子ども心も「よしよし」できたら最高ですね。

ということは、隠れ心配性より明らかな心配性の方が鬱陶しいけれど扱いやすいかもしれませんね。






5月のバースハーモニー・抱っこのお話しとちょこっと体験会 ご報告

5月24日(日)にバースハーモニーさんで抱っこのお話しとちょこっと体験会を行いました。
参加してくださったのは3組。赤ちゃんとほんのちょっとお兄さんのお子さんとそのお母さん方。

「オムツ替えから変わる子育て」をテーマに、DVDを見ていただいたり、赤ちゃんは実は色々なことがわかっているんだよ、というお話しをさせてもらいました。

その場では、「そうかなぁ」という気持ちでも、後で思い出すと「そういえば」なこともあるのではないでしょうか。参加してくださったお母さんからも、まだ、この世界に来てほんの少しなのに、お母さんとの以心伝心ぶりを少しだけ聞かせていただけました。

そんな賢いお子さんですから、心の奥でお母さんに協力したいと思っているのは間違いないようで、オムツ替えの体験もとてもお見事。
お母さんが語りかけながらオムツを替えると、それに答えるように小さな足やお尻を動かしてくれていました。
お母さん方もとても上手にお子さんとコミュニケーションをとりながらオムツを替えていらっしゃって、スタッフの出る幕はないわね、という感じ。

日々、子育てに奮闘してらっしゃるお母さんたちは、自分のことはさておいて、可愛い我が子のことや家事が優先になってしまいます。頼りのご主人も仕事が忙しいし、せめて泣き言ぐらい聞いてもらいたいところですがなかなか。
それというのも、どこかで子育てや家事は女の仕事という刷り込みがあって、外で仕事をしていない分、子育てや家事は私一人で頑張らなくてはと背負い込み過ぎてしまうのです。

仕事を持ちながら子育てをしているお母さんはそれはもう大変です。でも、家族や世間もその大変さをいくらかわかってはくれています。
だから、弱音や愚痴を言うのも自分で少し納得がいきます。

子育てのため休職中だったり、専業主婦と言われるお母さんは、仕事を持っていない分、楽だろうと思われがちです。確かに、時間は少し余裕があるのかもしれませんし、体もちょっとは楽なのかもしれません。
でも、日中、子どもとだけの生活って、煮詰まりやすくて苦しくなりやすいのです。それまで共働きだったお母さんはなおさらです。
そして、そんなお母さんが一番つらいのは、その苦しさを世間がわかってくれないということです。
特に、一番身近なご主人がわかってくれないとしたら、誰に助けを求めたらいいのでしょう。
弱音や愚痴を言うことさえ、自分でも許せない気持ちになりやすいのです。

子育てはお母さん一人の責任ではないのですが、世間も、そして当の本人のお母さんもそのことを忘れがちです。
外で仕事をしていないお母さんは、孤独な子育てになりやすいのです。

今回の抱っこのお話しとちょこっと体験会では、そんなお母さんたちの苦しさを感じたりもしました。

それにしても、どんなお母さんであっても子どもは大好きなんだという中村さんのお話はじーんときました。
怒ってばかりでもイライラをぶつけてしまっても、子どもにとってはかけがえのない大好きなお母さんなんですよね。
だから、「ああ、また失敗した」なんてことがあったとしても、子どもにとってお母さんはただいてくれるだけで充分なんです。